今年は新しいことを始める一年にしようと思っていたが、「わすれものを、とりにいく」というテーマの一年にする。
この2つは決して矛盾するものではない。新しいことというのは、大体「昔やろうと思っていたが、まだできていないわすれもの」である。
2018年の目標 ミクロ
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。去年に続けて初日の出を撮影できました。家から5分、ありがたい限りです。
今年の目標には二種類あると思っています。ひとつは、これをやる、といったマクロな、対外的な目標。もうひとつは、それをやるときに自分は何を意識してどうやるか、というミクロな、内向的な目標。前者はまだ練れていないのですが、後者は「敏感になる」を目標にしようと思います。
よく見る、よく聞く、よく触ってみる、よく味わう、よく嗅ぐ。日々の生活で外と、あるいは自分と対話するときに、より意識的になりたいと思います。
まずは、お節料理と酒を味わうところからスタートしています…
Jingle Bells
3か月ぐらい更新してなかった。久々に。
博士論文提出が迫っていることもあり、最近朝スタバという意識高い系Workをしているのだが、季節柄クリスマスソングが流れる。んで、ジングルベルがJazzっぽっくアレンジされてるんだが、この歳になっても歌詞がわからんなと思いググる。
最後のところ、
Oh, what fun it is to ride in a one horse open sleigh
と言ってるんだと知って、へー、と思った。
この曲、歌詞がよくわからなくても楽しい感があるのは不思議だ。
ソフトウェア開発と仏教
「ソフトウェア 仏教」で検索しても「寺院管理ソフトウェア」とか「伽藍とバザール」しか出なかったので、自分で書くことにする。
仏教とソフトウェア開発、はたまた広げてシステム、サービス開発について。
当然、まず思いつくのはライフサイクルだろう。輪廻転生であるとか生老病死といった概念は、明らかにISO/IEC/IEEE 15288的なシステムライフサイクルプロセスや、ISO/IEC 12207のソフトウェアライフサイクルプロセスなどに代表される「ライフサイクル」の概念と似ている。もっとも、仏教でなくてもライフサイクルという概念は考えられるので、これらは仏教から来た概念だ!とか主張すると言い過ぎだ。でも、どのように似ているのか、似ていないのかというのを詳細に明らかにするという研究は未着手だと思われる。
あと、アジャイル開発、スクラムというのは非常に仏教的だと思う。まず、正解はなくて、各人が正解にたどり着かなければならないというのが、ブッダ的だし禅的である(非常に大雑把なこと言ってるのでごめんなさい)。仏教の考え方で、スクラムのプラクティスとして使えるものは色々あるんじゃないかと思う。余談として、アジャイルコーチは伝道師っぽいし、いろいろ流派が分かれてきているのも仏教っぽいし、宗教っぽい。(ぼくが宗教っぽいと言うのは悪い意味ではなく良い意味である)
スクラムは日本発の概念で、それをソフトウェア業界に取り込んだのがJeff Sutherlandだったわけだが、もう一度仏教の枠組みからAgileの色々を考え直すというのは壮大で面白そう。これは文理融合型大研究プロジェクトだな。そのプロジェクト自体もScrumでスケーリングしてみたい。